住職の独断と偏見で綴ります。
お寺のよもやま
商品
只管絵皿
永平寺の秦禅師さまの絵皿であります。『只管』というのは「ただひたすら。一心に実行するという意味です。」
商品名
ここに商品の説明が入ります。
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大権修利菩薩(だいげんしゅりぼさつ)
大権修利菩薩(だいげんしゅりぼさつ)と読みます。
曹洞宗の本堂の向かって右側に、右手をかざして椅子に掛けた木像が、大権修理菩薩です。
曹洞宗だけが祀るという珍しい菩薩です。
道元禅師が宝慶3年(1227)に、如浄禅師から正法を得て帰国する際に、1人の化身が現れて、道元禅師にしたがいたいと言い。道元禅師は、身体を小さくして同行するように求めると、三寸余りの白蛇になって、応量器の中に身を入れて共に日本に来たといいます。
また、道元禅師が帰国に当たって『碧巌録』を書写しようとすると、この大権修理菩薩が現れて手助けしたといいます。これを「一夜碧巌」といいます(助筆は、「白山妙理大権現」であったという説もある)。
宝福寺のよもやま話
その宝福寺は、ご本尊さまは薬師瑠璃光如来、通称 『お薬師さん』です。
昭和の時代に建て替えられました。以前はお庫裡にご本尊さまを
初め多くの仏さまを安置していました。
江戸時代は威風堂々とした七間四面の本堂でありました。ご本尊さまがお薬師さまという事もあり、薬を調合しご祈祷をあげて、欲しい方にお分けしていました。今では薬事法違反ですね。その薬袋の版木がいくつか残っています。
信者さんも大勢あったようで、本堂から東に延びる道は宝福寺の「宝」を取って『宝通り(たからどおり)』と呼ばれていました。10年ほど前までは『宝通り』にちなんで、『宝屋さん』というお店もありました。
それ以外に賭場、いわゆる公営ギャンブル場で、時代劇に出てくる「はんかちょうか」って言うサイコロを使った博奕で場所貸しをしていました。いつの時代もそうですが、地下に潜って違法行為をしないようにガス抜きの意味合いもあり、寺社の境内で公営ギャンブル場をしていたようです。また、その場所貸しの代金(ショバ代)の事を『寺銭(テラセン)』と言ってました。
そのような宝福寺でありましたので、一時は大変勢いが良く金銭的に余裕があったようで、矢作川の河口付近を埋め立てて新田を造成する工事費用を出資しています。その新田の名前は「ちゃらんこ新田」と言い、その名前の通り埋め立てて新田ができる前に台風か何かの災害で堤防が決壊し、文字通り「ちゃら~ん」と海の藻屑となってしまったようです。現在の西尾市小栗新田がその後に出来上がった新田です。
昔の絵図面によりますと当時、本堂が建っていた場所は、現在の名鉄三河線の碧南駅より西に進んだところの道路の真ん中に建っていました。
当時の証文や境内図もありますが、それはまた後程アップしてみたいと思います。
ところが、そのような隆盛を極めていた宝福寺でありますが、明治時代になりたまたま住職が東京の方に一時単身赴任していた頃、留守でもあるし役場から申し出があり貸していたところ、火事になりました。ご本尊さまやおもな仏さまは救出されましたが、それ以外の仏さまや重要な書類の全てが本堂と共に焼失致しました。当時のお役人の口約束では本堂を再建するという事でありましたので、火難にみまわれた仏さまは一時的に篤志家の方に守られたりしました。しかし約束は反故にされ、また、信者さんのお寺であり、檀信徒が無いお寺でありましたので、寄付をお願いする方もなく再建の道のりが遠く、仕方なくお庫裡に仮安置するという事になりました。昭和60年頃に林泉寺18世によりお庫裡の痛みが激しくて、取り壊し、仮の本堂という事で現在に至っています。
寒山拾得
拝表(はいひょう)・可漏(かろ)
お寺同士のお付き合いに良く使用されるグッズの紹介です。
「もらすべき」と書いて可漏(かろ)と呼びます。正式にはそれぞれ拝表(はいひょう)と呼ばれる色の帯が付きます。赤(祝事)・黄または青(弔事)・白(オールマイティ)と場面によって色を使い分けます。本可漏・略可漏共に奉書紙を折ったもので、基本的にお金を包む事に利用します。漏らす物がお金とはシャレていますね。
拝表に書かれている「献香(けんこう)」と言うのは、文字通りお香を献じる(お供えする)訳ですから、本来、ご本山やご本寺、または特別に訪問するお寺などのご本尊様へお香を献じ、お参りする事です。転じて金銭で代用する事もあります。
「九拝(きゅうはい)」というのは、私はあなた様をいっぱい奉っていますよ~という意味です。
その他に、「祝賀(しゅっか、お祝い)」「香資(こうし、香典・御仏前)」「謝誼(じゃぎ、お礼)」「菓誼(かぎ、手土産)」「換菜(かんさい、御馳走料)」「問候(もんこう、人を訪ねる時)」などなど、時節をわきまえて持参します。
文殊菩薩さま
普賢菩薩さま
木華(もっか)
木製で出来た華であります。蓮の華をさしています。蓮は泥水の中から茎を伸ばし大きな葉をたたえ、そして清浄な美しい大きな花を咲かせる姿がお釈迦様の智慧や慈悲の象徴とされ、お寺の中の様々な場所に使われています。
多くの仏像の台座には蓮華の形をしていますし、その仏像の前にこの木華(もっか)がみられます。ツボミ・満開・枯れている花や葉と様々な形になっていますが、生まれてきた物は必ず病気・老い・死から逃れられないこの世の理(こたわり)も現しています。
また蓮の華は泥の中でしか咲かないので、たとえ今自分の人生が泥の中のようであっても、良い事を真面目に続けて行けば必ず将来とても綺麗な花を咲かせられるということも教えているのです。
木魚
木魚とは字が示している通り、木製の魚の形をしたもので、お経を読むのに調子を取るものです。
なぜ魚かというと、魚は目を閉じてる事がないので、寝る間を惜しんででも、修行に励みなさい。という意味だそうです。
小さい頃は魚の形には到底見る事が出来ずに、骸骨みたいだな〜と思いました。骸骨の目に見える部分は魚の尻尾です。下の真ん中には二匹の魚が宝の珠をくわえているデザインになっています。